失敗は終わりではなく、負けでもなく。  ただただ無念さが逆に過去を豊穣にしてくれることを噛み締めながら、ベルギービールを呑もう。  足掻いている時は、こんな事に気がつけるとは思わなかった。  最後の最後にできなかった反転攻勢と温めていたアイデアがある。それはまたいつかどこかで。

僕の30代後半のすべて、文字通りすべてをつぎ込んだ事業が今日終わった。 永遠続けることを目指してわけだから、「失敗」だと思う。 どう言い繕おうと。(幸い僕も会社も元気だが)

家族も友人も社員も金も時間もなにもかもつぎ込んだ。 そして終わった。失敗した。

多くの人を巻き込んだサービスの撤退作戦は1年に及んだ。 きれいに撤退することはできた。

でもそして終わった。失敗した。

今は、なぜ失敗したかを振り返るつもりもなくなっている。 ただ、失敗の無念さが、逆に可能性を孕んだままだという豊穣さ。 あがいていた時に出会った人たちとの繋がりの豊穣さ。

結果として失敗が豊穣さだけを残した。 今晩の月を見ながら、SIONを聴きながら、そんなことを考えている。