オフィス引っ越しのため引き出しを片付けていたら私物のiPodとiPhone3Gが出てきた。

メカニカルホイールにFirewire接続。しかも10GB!
どこにいくにも重いiPodをポケットに入れて出かけていた記憶がある。
モノクロのモニター表示がメカニカルホイールの回転に合わせて、切り替わっていく様は、レコード屋でLPレコードジャケットを高速にめくるかのような錯覚に陥ることができた。本当に音楽が官能的に手元にやってきたかのように体感できた。
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後日、スティーブン・レヴィによるiPod誕生秘話を読むと、その体感は目指されて実現できたものだとわかる。
余談だが、スティーブン・レヴィが描くカウンターカルチャーとテクノロジーとマニアの融合本は本当に面白い。
その後にリリースされたiPodは初代に感じた官能性がもどることはなかった。
不満はどんどんなくなっていったけど。

次にAppleが実現した手の届かないと思っていたコトの「受肉」化はiPhoneだった。
インターネットが手のひらに収まり、指という肉体が液晶画面を撫でると、思い通りに情報を呼び出し、加工し、発信まで可能になった。
日本にやってきた当初のiPhoneは日本語入力が耐え難いほどだったが、それでも毎日のように液晶画面を撫で回していた。官能的な喜びを感じていた。
そして先日、iPodリリースから15年、iPhoneリリースから10年後にiPhoneXが発表された。
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私たちはずっと変わらないビジョンを持ち続けてきました。
すべてがスクリーンのiPhoneを作ること。デバイスそのものが
体験の中に消えてしまうほど夢中になれるiPhoneを作ること。
あなたの指や声、さらには視線にも反応できるインテリジェントな
iPhoneを作ることです。iPhone Xが、そのビジョンを
すべて現実のものにします。iPhone Xへようこそ。
ここから未来が始まります。
Appleの予告サイトはこう書いてあった。確かにそうだろうな。と思う。
できるだろうなとも思う。製品として興味も強く惹かれる。
手の届かないと思っていたコトの「受肉」化とそれに触れたときの官能的喜びが、フルスクリーンなのかな?と、指の油シミで汚れた真っ白いiPodと、傷だらけのiPhone3Gという古臭いApple製品を見て思っていしまったのも事実だった。
まあ、iPhoneは使い続けるけどね。今も愛しているし。