昨夜はメガネのレンズを直しに茶屋町の白山眼鏡店へ。
眼鏡を修理に預け、店外に出るとゴールデンウィークに賑やかな梅田の只中だった。最近、昭和な天満呑みばかりだったので、街がキラキラして感じる。
そんなわけでDDハウスからかっぱ横丁あたりをウロウロして店を探す。結局、かっぱ横丁のカジュアルな居酒屋へ。僕らはターゲットとズレてるけどまぁいいかと。
- オーダーすると正確に届くこと
- メニューは時間とともに売り切れにならないこと
- 店員達はおしゃべりせずに仕事に取り組んでいること
- メニューの季節感は抑制されていること
- お客さんがみんなちゃんとしてること
- 店内の見えるところに謎はないこと
店になんの落ち度もないのに感じた退屈を感じてしまい、店を出たくなってしまった。
「安心」空間に物足りなさを感じたのは初めてだった。
属人化や季節変動、判断を迷わすポップなどなどの変化率を大きくする要素を排除し、お客様第一で成果を最大化する。店も店員も後景化し、存在すら忘れさせるくらいにしてゆく。邪魔しないことが心地よい接客とされる。
しかし日常的には、僕自身もそういう経営をしている。梅田の「安心」空間は、僕自身も作り上げようとしているユートピアなのだ。
ここ最近惹かれている天満の立ち飲み屋はどうだ。店員も店もしっかりと存在をアピールしている。店員達はおしゃべりしながら、賑やかに仕事している。それ自体が「肴」でもあるのだ。
店内にはド派手なポップがあるが初見ではギョッとする。しかし、何度か通ううちに合理的だと得心する。ここでは、日常的なユートピア建築を無視して、活気を帯びた毎日が過ぎている。
僕自身の経営的な日常は否定され、実証されつづけている。不安定さ自体に可能性を感じる。何より「日常」から解放されて楽しい。
居酒屋で奇妙なことに気がついてしまった。