就寝前に、呑みながらポメラDM250に無目的に文章を書く時間が心地よい。
心が解放される感じがある。
私はこのブログのような公開して想いを発信しているサイトと、非公開の未来の自分への私信のような日記をDayOneでつけ続けている。
手書きの日記は過去に何度も挑戦したが、自身の文字の汚さと手書きと思考速度の差にいつも中断だった。さすがに50代になり再挑戦を止めた。
基本的には自分のテキストは何らかの仕組みで「管理」し、後日振り返ることができるようにし続けてきた。
ただ、ポメラDM250は即公開する機能がないことから、公開や管理を前提としないテキストファイルが貯まってきている。
最初はiPhoneで取り込んでとか考えていたけど、今はポメラDM250内の「懐中日記」というフォルダに放置している。
たまに眺めてブログネタになりそうならとか思うけど、書き付けた時の気持ちが強くて、その場限りのテキストだと気づく。
自分の日常では書く文章はすべて管理をできるようになっているし、誰の何のためか文章には目的がある。
それが当たり前なのだ。
にもかかわらずポメラDM250で「無目的に」「誰のためでもなく」文章を書き、保存しておくけど、きちんと管理しない。というのは、とても自由でラディカルだと感じる。
Twitterの鍵アカなんかよりずっと。だって、文字数も文章の流れは自由だし、経営者の変更で不安を感じることもない。
何より仮に消えても問題も感じないのだ。
少しの寂しさを感じたとしても、また書けば良いのだから。